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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6408号 判決

原告 有限会社 桜湯

右代表者代表取締役 富永荘七

右訴訟代理人弁護士 大島正義

被告 横堀民子

被告 横堀百子

右両名訴訟代理人弁護士 伊東正雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、昭和二四年一二月訴外富永荘七が被告らの父親横堀三木三郎より本件建物中浴場部分を賃料一ヶ月金五万円、毎月末日払の約で賃借し、さらに昭和二七年一一月頃右建物の裏側住宅部分を借増し、賃料一ヶ月金七万円に改訂されたこと、昭和二八年一二月一日原告会社が設立されたこと、及び右三木三郎が昭和三二年八月三日死亡し、被告両名が相続により本件建物の所有権を取得したことは当事者間に争がない。

二、原告は、右三木三郎の承諾を得て富永より本件建物の賃借権等を譲受けた旨主張するので、まずこの点につき検討する。≪証拠省略≫中、原告主張に沿う供述記載部分は、にわかに措信できないし、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。却つて、前記争のない事実と≪証拠省略≫を併せ考えると、次の事実を認めることができる。

訴外富永は、被告らの先代横堀三木三郎より本件建物を借受け、桜湯の名称で公衆浴場営業を営んでいたが、その経営並びに税務対策上、個人営業を会社組織に改めることにして、昭和二八年一二月一日原告有限会社桜湯を設立し、同社の代表取締役に就任したこと、原告会社は右三木三郎の建物使用の承諾を得たうえ、公衆浴場営業許可申請に基き、昭和三一年一二月一五日東京都知事より右営業許可を受けたが、それまでは富永個人の営業許可名義で営業し、会社設立後も右富永の名で三木三郎及び被告らに賃料を支払つており、ただ昭和二九年以降は、税務処理上、五万円と二万円の二通の賃料領収証を作成して貰つていたこと、これよりさき昭和二七年一一月頃右富永は、三木三郎一家が居住していた本件建物の裏側住宅部分を借受けるに当つて、その所有の東京都港区赤坂青山二丁目六五番地の宅地約六〇坪を、同人に住宅建築のため無償で貸与して右地上建物に移転して貰つたが、同人死亡後は地上建物及び敷地使用権を被告民子の妹豊子が相続により承継したこと、そこで昭和三三年一月頃、右富永は、被告らとの間に本件建物の賃貸借契約書を作成するに当り、その草案中に自ら富永荘七を借主とし、第五条(譲渡転貸禁止条項)に「借主の主宰する法人をして使用せしめる場合も亦同じ」とする旨を記載して、これを被告らに持参したが、他の条項中被告らにおいて不満の箇所があつたので、右契約書は作成されるに至らなかつたこと、しかして富永は、原告会社設立後も引続き前記裏側住宅部分に居住していることが認められる。

右認定のような事実からすると、右富永の本件建物の賃貸借は、同人所有の右土地の貸借関係と不可分的な関連があるので、右富永は、原告会社設立後も引続き本件建物の賃借人として、ただその浴場部分を原告会社に営業のため転貸したものというべく、被告らの先代三木三郎も原告会社において右浴場を営業上使用することを承諾していたものと認めるのを相当とする。したがつて、原告は本件建物の賃借人とはいえない。

また、右富永より賃借権とは別個に同人の有する必要費償還債権を三木三郎承諾の下に譲受けたことを認めるべき証拠もない。

三、してみると、原告と被告らとの間において適法な転貸借関係があるとしても、転借人である原告の本件建物に対する用益権が適法になるだけで、右当事者間に賃貸借関係が成立するものではないから、転借人である原告は、民法第六〇八条の費用償還請求はできないものというべきである。原告としては、修繕費を全部自己で負担する旨の特約がない限り、占有者としての一般原則に基き、占有回復者である被告らに対し、その支出費用の償還請求をなせば足りる。

しかるに、原告の本訴請求の要旨は、本件建物の賃借人であることを前提とし、本件建物の返還と関係なく、民法第六〇八条に基き必要費の償還請求をなすものであることは、その主張自体に徴して明らかである。(原告の請求が占有者として必要費償還請求をする旨の主張を包含するものとは解することができない。)

四、よつて、原告の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、全部失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田勇)

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